タロットとの別れ

昨日、タロットを紛失した。

電車移動中にカバンを倒したとき、
カバンの中から出てしまったのだろうけど、
関係先全てに遺失物届けを出しても
今日の夕方に至るまで見つかっていない。
恐らく戻ってこないだろう、そんな気がする。

家には予備のタロットが1箱あって、
完全に失ったという訳ではないのだけど
この出来事はいろいろな面でインパクトがあり、
昨日はショックで寝込んでしまったのだった。

予備があるとはいえ、
タロットが手元からなくなったことは、
想像していた以上にとても複雑な気分だった。

実は、少し前からタロットが重く感じていた。
これまでは浄化などをすれば、デッキ(カード)は軽くなっていた。
しかし何をしても重さ、シャッフルの時にまとわりつくような感じが
取れなくなってきていて、もしかしたら交換時期などではないかと思っていた。

タロットのデッキは恐らく神社の社(ヤシロ)みたいなもので、
例えば、伊勢神宮が20年に一度、社を建て替える式年遷宮があるように
デッキにもやはり交換の時期があるのだろう。

また、「交換時期は自分でわかる」そう耳にしていたものの
どれかその「わかる」か確信が持てていなかった。

実は、私はまだタロットを交換した経験がなかった。
そして、昨今のカモワン版の入手困難のこともあって、交換をためらっていた部分もある。

でも凄いなと思うのは
紛失したとはいえ、見つからないということは、
タロットが自ら身を引いたということだ。

「こんな時期だからこそ、振り向かずに前へ進みなさい」

タロットが伝えようとしている真実

ありがとう

ありがとう

ありがとう

(追記)
その後、新しいタロットをおろしました。
新しいタロットに移行するためのやるべきことを通じて、
自分とタロットとの関係が、数年間の時間をかけて、大きく変化してきていることに
はっきりと気がつきました。
このことについては、またまとめようと思います。

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