死を想う、夏の始まり

先日、叔父さんが亡くなりました。
今日はお葬式ですが、参列はしません。

この頃、「死」というキーワードが意識の底辺を流れていました。

マルセイユタロットのカードに置き換えてみれば
「ⅩⅢ 名無しのアルカナ」

他のタロットでは「死神」とも名付けられているこのカードに
マルセイユタロットでは
ただ数字だけがついていて名前がないこと。

これから思うのは
果たして「死」とはいったい何だろうかということです。

「身体が朽ち果て、この世からいなくなること」

でも
「死」とはそれだけではない。

私は昔
生きながら死んだような感覚を得たことがあります。

命が取られることはないと分かっていながらも
ものすごく怖かったのを覚えています。
怖くて怖くてじっとしてられなくて、
寒空の下、あてもなく街を歩き続けることしかできなかった。

アポトーシスもそうだけど
人は死と共に生きています。
死がないと生きられないと言ってもいい。

「死」怖いですか?

自分の中に確かにある
日々、死にゆくものと
代わりに与えられる命に

そっと目をつぶって
触れてみようとする時間も

今の我々には
必要なのかもしれません。

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