浄化しましょう、って・・・

浄化
手放し
を進めましょう

これアウト
だと思う

浄化しましょう
手放しましょう
ということは

浄化するべきもの、しなくていいもの
手放すべきもの、手放さなくていいもの
が自分の中にあるという事

つまりこの考えは
典型的な分離の世界をベースとしている

その二極の世界では
浄化すればするほどに
手放せば手放すほどに

光が影を生みだすかのごとく
失ったもの達を
さらに創り出そうとする

「浄化するもの手放すものすら意味がある」

そのものが訴える真意に耳を傾け
その言葉を現実の創造に使ってゆけば
それらは満足し自動的に成仏してしまう

これが本当の浄化や手放しのシステムだと思う

2件のコメント

  1. さとえさん、こんにちは!
    ほんとうにそうおもいます。浄化し手放したその先も、私たちの生きる宇宙ですもんね。気をまぎらわすことはできても、ブーメランみたいに、なんだったら勢いつけて帰ってくる!(笑)
    ちょうど、ホドロフスキーの本に書いてあったこととリンクしていました。(「リアリティのダンス」文遊社 より)


    どこへ行くのかわからない。だが、誰と一緒に行くかはわかる。

    どこにいるのかわからない。だが、私は私のなかにいる。

    神とはなにか知らない。だが、神は私を知っている。

    世界とは何か知らない。だが、世界は私のものである。

    自分の価値がわからない。けれども、比べるものではまい。

    愛とはなにか知らない。そして、私は君の存在に打ち震える。

    衝撃を避けることはできない。だが、どうやって耐えるかは知っている。

    暴力を否定できない。だが、残酷であることは否定する。

    世界を変えることはかなわない。だが、自分自身なら変えられる。

    なにをしているのかわからない。だが、私の行為が私を創る。

    自分がなにか、私は知らない。だが、自分はなにも知らないなどとは、私は言わない。

    1. あいさん、ホドロスキーさんの本の引用をありがとうございます。自分の深いところが揺さぶられる、静かだけど力強い生命力に溢れた言葉。
      わたしもこのような言葉を紡げるように、これからも大アルカナの道を進んでゆこうと思います。ありがとう!

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