昨日、友人と話す機会があった。
彼女は以前勤めていた会社の同僚で、それこそ一蓮托生で長い間、苦楽を共に過ごしてきた。
私が会社勤めは主に2つのパートに分かれる。
前半は本当に忙しかった。それこそほぼ24時間、自分の全てを仕事に費やしていた。
後半は身体を壊し、デスクワークに移ったことで、もの凄く暇になった。時間をつぶすことが苦痛だった。
暇になればな〜
やることないんなら帰りたい・・・
これが私の、そして私たちの願い、まさに「夢」だった。
昨日、友人と話していて(彼女はまだ会社勤めをしている)
このコロナ騒動で、その無理だと思っていた我々の願いが全て叶っていることに気が付いた。
会社勤めをしている限り、絶対に叶うはずのない夢が叶ったなんて、本来ならば手放しで喜べるはずなのに。でも、何かが違う・・・
果たして、私の、私たちの「本当の願い」はなんだったのだろう?
少なくとも、暇になることでも、早く帰宅することでもなかったのは事実だ。
「本当の願いの目を覚ますこと」
これが今、人間に与えられた大きなテーマじゃないかな。